秩父事件・・・

小説・秩父事件長野編 「金峰山」 (宮崎吉宏 著) 

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秩父は江戸時代から養蚕業が盛んで、明治の初めには生産された絹糸がヨーロッパへ輸出されるなどして地域の経済も好調でした。しかし、明治政府が軍備を拡大するため執った政策(増税や緊縮財政)による深刻なデフレの影響を受け農民たちの生活は困窮しました。負債に悩まされる農民たちは各地で集会を開くようになり「困民党」が結成され、遂に1884年11月1日、武装蜂起して、小鹿野、大宮郷(現秩父市)を占拠し皆野まで進んだのですが、徹底的な武力鎮圧をはかった政府側により、群馬県山中谷から長野県佐久まで転戦した困民軍は11月9日壊滅しました。これが「秩父事件」と言われているものです。自分たちの生活を取り戻すために立ち上がった農民たちを、国や世の中は「暴徒」と呼び、家族や親類縁者は後々まで肩身の狭い生活を強いられました。

小説・秩父事件長野編「金峰山」は、農民たちの蜂起が鎮圧された後も「公平な社会を作る」という初志を達成するために信州から甲府を経て東京に進軍するため、警察などによる厳しい検問をかいくぐって散り散りになりながらも逃げのびようとした困民兵たちの姿を、困民軍の若い伝令使・島田利郎(しまだとしお)を主人公にして書かれたものです。
原題は「金峰山(長野編)」ですが、これだと山岳作品のような印象や先入観を与えてしまうのではないかという宮崎さんのお考えに基づき、このブログに掲載するのを機会に題名を「秩父事件長野編 『金峰山』」に変えることになりました。


原作はもちろん縦書きですが、ブログに掲載するには横書きにせざるをを得ませんでした。さらに紙媒体から電子媒体への転載ということもあって、作品の印象が少し変わるかも知れませんし、読みにくい箇所もあるのではないかと思います。管理人の一存で行間を加えたりして、少しでも読み易いようにと手を加えました。違和感なく読んでいただけることを願っています。
困民軍の足取りと役割表もありますのでご参照ください。
(何度か校正はしましたが、それでもなお誤変換や脱字などがありましたらごめんなさい。ご容赦を・・・)

なお、小説「秩父事件長野編 『金峰山』」の後日譚とも言うべき、約百年後の出来事を扱った「位牌」という作品も掲載しました。


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金峰山


この小説の題名になっている「金峰山」は、秩父山地のほぼ中央に位置する山で、山梨と長野の県境にあります。

秩父事件の起こった頃は、山梨県側では〈きんぷさん〉,長野県側では〈きんぽうさん〉と呼ばれていましたが、現在は「きんぷさん」に統一されているそうです。標高は2599m。ゆったりとした秀麗な山容は秩父山地で最も人をひきつける山とされ、「日本百名山」にも選ばれています。


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